大判例

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横浜地方裁判所 昭和44年(ワ)355号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕本件事故態様について案ずるに、<証拠>を綜合すれば、当時の天候は晴で本件事故現場は恩田方面から子供の国方面(西北から東南)に至る幅員5.4mの歩車道の区別のないアスファルト舗装の平担、乾燥した道路(以下甲道路という、最高制限速度は時速40Km)と奈良(山間地)方面(北東)から甲道路に直角に接続する幅員3.6m(但し、接続部分において扇状に開きこの部分の幅員11米)の道路(以下乙道路という。)との交わる、人車の交通量の少ない、交通整理の行われていない概して見透しの悪い交差点の中心から西北約5.5mの甲道路中心線上であつて、被告は出勤のため被告車を運転して乙道路を奈良方面から右交差点方面に走行してきて右折態勢に入り同交差点手前約1米の地点に同車の先端が出た位置で一旦停車し甲道路上の車両等につき左右の安全を確認したが左側(子供の国方面)は比較的見透しよく同方面から来る車両はなく右方(恩田方面)は電柱、バス停ポール、土管の堆積、門柱等で見透しは悪く視界は約27mでありその視界内には同方面から走行してくる車両がなかつたので時速5―10Kmで右側を見ながらゆつくり発進し1m位出た所で右方約44.6mの地点に原告車がこちらに向つて走行してくるのを初めて発見したが相当の距離があるため無事に自車の右折が完了しうるものと判断してそのまま走行したところ正に右折完了せんとする直前原告車が甲道路のほぼ中心線付近を走行してきて、その運転者原告正則の右足及び原告車が被告車の後部右側に激突し同車の同部位のフエンダー及び車輪ホイールを相当広範囲にひどく凹損、同バンパー右端をひどく曲折(殆んどめくれ上つている。)し、原告正則は右衝突地点から前左方約16.5mの甲道路端まではねとばされ転倒し、原告車(オートバイ)は同衝突地点から前左方約9.5mの同道路左端に至つて転倒しその前輪及び前輪フエンダー前部がこれ亦甚しく破損し、右両転倒地点間の距離は約7.7mあり、他方、原告正則は原告車を運転して友人を藤ケ丘まで送り届けて当時の勤務先「子供の国」に赴くべく甲道路を恩田方面から「子供の国」方面に向つてほぼ中央線付近を走行中前方路上に亀裂があつたのでハンドルを梢左に切つた瞬間前方約40mの地点に前記交差点において乙道路から甲道路に出てくる被告車を発見して危険を感じエンジンブレーキをかけると共にフットブレーキをかけ道路のほぼ中央線付近を反対車線に一部はみ出して進み実効制動距離約15mを経た後衝突地点手前約8mの所からはノーブレーキのままハンドルを稍左に切つた状態で被告車後部に激突しその結果頭部外傷、右下腿上端挫滅創により右大腿骨下部切断せざるを得なくなつた事実を認定することができ、この事実に徴すれば、原告正則が被告車を認めてブレーキをかける直前の原告車の速度は最高制限速度時速40Kmをはるかに超えた時速約70Kmの高速であり(交通工学上の原理のみからしてもかく推定される。)。そのため急ブレーキにより適切なハンドル操作が行えず、従つて甲道路の中心線から左方によつて衝突を未然に防止する措置を執り得ず、そのまま中心線付近を、一部分では被告車で右折して進入してきた反対車線にまで入りこみ、衝突前8mからはノーブレーキのまま正に右折完了せんとする被告車の右後部に激突したものであることが認められ<証拠略>。

されば、本件事故は本来専ら原告正則による原告車の右高速運転の一方的過失に基因するものと解せざるを得ないから、被告のその余の主張を俟つまでもなく、被告に本件交通事故に因る不法行為上の損害賠償責任はないものといわねばならない。(若尾元)

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